おこめラボ 宮脇 悠さん

| 田んぼの場所 | 南阿蘇村 |
| 作っているもの | ぴかまる バスマティライス ミズホチカラ 山田錦 黒米 緑米 |
南阿蘇村で地域おこし協力隊として3年農業研修を受け、2025年に新規就農した宮脇さん。
別の業種から農業を志し、就農した宮脇さんにお話を聞きました。
就農するまでの経緯を教えて

今(2025年)研修4 年目。
有機生活で働きながら新規就農制度を使って市内の農家さんに研修を受けていました。そこで勉強していたのだけど、色々あって辞めざるをえなくなって、3年前南阿蘇村の地域おこし協力隊に。
南阿蘇村農業みらい公社という村の農業法人があって、そこでは協力隊(の活動)をしながら農業の勉強ができるのです。
村の耕作放棄地を減らしながら、研修生が農業できるので、村にっても農業を志す者にとっても両方にプラスの面がある制度。
それを実現したのが南阿蘇村です。
農業みらい公社は2021年10月1日に設立されて、今4 年目です。
地域おこし協力隊の新規就農プロジェクトに参加すれば農業の研修を兼ねながら(自由に)村の行事に参加するなどして地域に溶け込むことが可能になります。地域に入るにはなかなか移住者は受け入れられにくい場合があるけど、この地域おこし協力隊の制度は自分から積極的に交流をはかることができることが多いです。
他にも農業研修を受けたければ、農水省をはじめ各自治体で色々な制度がありますが、私にはこの制度(地域おこし協力隊制度)が自分にあっていると思いました。
農業みらい公社のことをもう少し教えて

農業みらい公社が自社で管理している農地の他に、村民がご高齢で今後農業を継続できなくて困っているという相談があった場合、農業みらい公社が借り受け、その後地域おこし協力隊が就農する際にその農地を借りれるようなシステムをつくっています。
全てがそうではないけれど、何年も放置してあった休耕田でまた作物を栽培できるよう、荒れた雑木を切ったり、草を刈ったり、整地したり、といった作業も経験しました。継続が難しくなったビニールハウスの整備を複数人で行ったことも。
他には、南阿蘇村が主催で開く文化祭があって、運営スタッフのお手伝いをしたり、農業みらい公社で野菜の販売して村の方々とコミュニケーションをとれたこともありましたね。
新規就農プロジェクト内の同期4 名は、みんな南阿蘇村で就農しています。
農業みらい公社では育苗するところから研修でき、自分たちで栽培方法を考えて、自分たちで播種して、そして発芽した苗を自分たちで水やりして育てます。研修する栽培品目は、稲やさつまいも、ニンニク、じゃがいも、人参、落花生など。自分たちで田植えして収穫までして作ったお米は格別に美味しいです。お米は、ヒノヒカリとあきげしきを育てました。
ただ、自分の作りたいものを全部作れるわけではありません。
農業みらい公社で作っていいというものは作れるけど、変わった品種などは、需要が無ければ作って良いとはならないんです。
たとえば、他の新規就農支援制度を使っている人の場合、親方を決めて、その親方の育てている品種を作りながら習うので、親方が米農家だったら、トマトも作りたいですと言っても簡単には作れないですよね。
新規就農について、感じた課題はある?

新規就農支援制度というのは、新規就農者は今後何十年も農業を続けていくという前提の制度。
国は就農人口は増やしたい。でも受け入れる親方のほうが少ない、というか今後年を追うごとに限られてくるようになると思います。
親方が「受け入れたく無い」と言えば自治体としては研修生よりも親方の肩をもつ現状が実際あるように思います。客観的に見て、本当に研修生が悪い場合もあれば、親方が悪い場合もある。どんなに志があっても、親方によっては研修ができなくなる可能性もあります。
以前は、親元就農と非農家就農があって、親元就農は今まで補助を受けることができませんでした。
親から独立したい場合、補助を受けたければ親と同じ品目の農作物を選べなかったのが、制度が変わって条件付きで親元就農でも補助を受けることができるようになりました。
誰でも補助を受けれるようになっても良いわけではないので、条件は色々と厳しく設定されていますが、それでも少しずつ制度も変わってきているように思います。
なぜ、お米づくりを選んだの?

就農するにあたって、農作物の中で何を作るのか決めなければいけない中で最初はすごく悩みました。
お米を作りたい気持ちはあったけど、機械がいるし、田んぼに水をはらなきゃいけないし、自分で作ったことがあるわけではなかったし、野菜は、以前自分でファミリー農園を借りて、簡単なナスとかきゅうりとか実際作ってみて、楽しかったしやりがいがあったから。
元々農業に目を向けたきっかけが、「食」だった。
アトピーとかアレルギーとか子どもの頃は悩まされたけど、そもそも何で、何が原因でそうなったんだろうって知るきっかけがなかったんだけど、30 代半ばくらいで気づかせてもらうきっかけがあったんですよね。
食が大事だ!と。
そこで、市民農園で野菜を作っていたんだけど、お米は畑では当然作れなくて。
それとね、もしも日本が戦争とかになって食糧が手に入らなくなる時代が来た時、何が1番食べたいか?と考えてみたら、やっぱり米なんですよ。それだけは自分で作れるようになっていたいと強く思いました。
そう思えば、社会人になって一人暮らしを始めた時も、母親からは、お米だけは安心できるお米を食べなさいと、無農薬のお米をもらったりしてたんですよね。
あと、就農するにあたって、どの作物を作るのがいいのか色々な先輩に聞いてみたんですよね。
そしたら、ある先輩が、「農作物は色々あるけど、やっぱ日本人なら米が作れないとダメでしょ」って言ったんですよね。「米が作れなきゃ、他の野菜が作れてもつまらん」とその人が言ったんですよね。
諸説あるでしょうけど、僕はその言葉がしっくりきて、お米作りたいって決心がつきましたね。
そこからは、親方探しも大変だったし、田植えや稲刈りは知ってても稲作のその裏側で行われている作業の行程を知らなかったから、お米作りは本当に色々勉強になりました。
田植え、稲刈り、脱穀くらいまでならみんな知ってるけど、そのための裏側で行われている作業は知られていないもんね。

米づくりは奥が深いし、同じ南阿蘇村でも西か東か、水がきやすい所、風が吹くところで全然状況が違う。
気温、水、土質、それぞれ合ったやり方をしないといけないので、どの農法が凄いとかは絶対は存在しない。地元の先輩のやり方を真摯に聞きながら自分なりにちゃんとやっていかないといけない。
今までの研修期間が3 年間だったんだけど、まだウォーミングアップ。
自分で考えて、自分でやるというのはこれから。
楽しみですね。ワクワクします。

緊張の方が強いですねぇ(笑)
お米は、1年に1回しか作れないものね。
これからは、お米を作ったり、お野菜を作ったりした収益で生計を立てて行くのですよね。
それに対しての補助はないの?

経営開始資金という制度を利用して年間150 万を運営資金にしていきます。
農作物を作って売っていくだけでは、生計は立てていけないので。最初の数年間は。
補助金があるから生活がやっていけるわけでは決してなくて、それまでに自分の農業のスタイルの確立をしていかなければいけない。
1度はうまく行っても、2度目は全く取れなかったり、むしろマイナスになることがあるかもしれない。
それが安定して毎年、作れる、収穫できる、売り上げ立てられるようになるまでは、やっぱり何年かかかるので、それまでに自分で確立しておかないといけないと思っています。農作物にもよりますけどね。
肉体労働だし、すごく神経も使うし、自分が原因じゃないことで、作物がダメになってしまうことがある農業。
なぜ目指したの?

自分は食が大事と思って4年前に有機生活で勤務してた時、オーガニックとか不使用栽培とか安心できる農産物を説明することはできたのですが、オーガニックなどに関心がない人にこれを伝えるのはすごく難しいなと感じたんですね。販売する立場になったからこそ余計に自分の無力さを感じました。
自分の言葉に心がのって、ちゃんと人に伝わるようになるにはどうしたらいいんだろうと思い悩んだ時期もあったんですが、そこで自分で実際に自分で栽培する必要性を感じるようになり、就農を目指すようになりました。自分が納得して育てた農産物をお客さんにも納得して食べてもらえるように。
想いと自分が実際生きてきて職業を選ぶのはちょっと違いますよね。
だけどそれを一致させようと思って職業として選ぶって結構勇気がいるよね。

そうですね。仕事は別で趣味として農業をやっていくという方法も道もあるかもしれないけど、自分の中では一生の生業としたいとそのとき感じたんですよね。ずっと自分に合う仕事は何かを模索していた期間が長かったので。
アトピーでアレルギー体質だった自分だから有機栽培や自然栽培をやりたいと思って学んできました。
だけど声だかに農薬は悪いと言うわけではないです。
農家さんの「作っている現場の人の声」というのが消費者には届きにくいところがあると思っているのだけど、宮脇さんは、自分が消費者側から作り手の農業に就農されたわけだけど、農家さんの声(想い)を消費者が知れたらいいと思いませんか?

消費者という言葉は、僕ら生産者に対して食べる側が消費者だけど、そこにお金というものを介するから乖離が起きるのではないかと思っています。これは個人的な考えだけど。食べたい人が食べたいものを自分で選んで食べてもらうのがいいけど、そのためにはお金という対価を払って手に入れる。その人にとって少ないお金でたくさんの食べ物が買えるなら皆んなそっちを買うわけです。じゃあ生産者もその売れるものを作る。売れないものは作らなくなる。「お金」の価値は、人によって重視する視点が変わってくる。大きいものがたくさん買えることなのか、見た目が綺麗なものをたくさん買えることなのかによって価値が変動するわけです。
お金というものがあるから、資本経済主義だから、その人にとっての100 円はとても大きい100 円で、その商品を買いたいと思うかもしれないけど、経済状況がコロコロ変えさせられれば、(あえて変えさせられるという表現をするけど)少しでも安くて量が多くて味が良いものを買いたいと思えば、そちらの方に流れてしまいますよね。
コントロールされている部分もあるし、人の願いとは裏腹にある物ばかりがどんどん生産されていってしまうという状況を現代は生んでしまった。悪循環とは言いたくないのだけど、そういう経済の流れになっていってしまう。私は人が願うものを作り、提供できるようになりたい。そんな時代が来るようにちょっとでも変わっていけたらと願っています。
令和の百姓一揆がこの間熊本でもあったけど(2025年)、30年前に平成百姓一揆があって、その時は、熊本の青年が国会に行ったそうなんです、米の自由化に反対して。
だけど今回の令和の百姓一揆では、農家さんが集まらなかった。それは何故かと考えた時に、農家さん自体が疲弊しているのではないか、疲れ切っちゃっているのではないかって話になって。
農家さんが声を上げられないのだとしたら、もう国民が声を上げるしかないから百姓一揆ではなくて国民一揆だよねという話をしてたんだよね。
でも、もう遅いかもしれない・・2030年には農家さんの数が半分になるって言われているんだよね。
いかに、そこに宮脇さんのように農業やってみたいという若者が現れるか・・。

農業に関心持ってくれる人がもっと現れたらいいなと思いますね。
ずっと聞き流す習慣がついちゃってるなって。それが悪いっていうわけじゃないけど。
自分ごととしていかに腑に落として、自分はどうするかというのを突き詰めていかないと、これから先の人たちにとっては大変なことになっちゃうんじゃないのかなって思います。
2025年7月13日写真撮影







聞き手:伊藤由紀
